「命には高い価値がある」と言い切れるか


 近代ヒューマニズムが誕生してから、地球上の人類社会全体において、「人の命には、それだけで高い価値がある」という言葉が常識として通用しています。
 また、子供達に“命の尊さ”を教えるときにも、「命は尊いものだから大切にしないといけない」と教えます。
 最初の方のコラムでも命の価値について考えていますが、命への価値づけというものにもう一度触れてみたいと思います。

 命を大切にしようというとき、僕達は命自体に価値があると考え、大切にしようとします。すなわち、
価値があるものは大切にしないといけないと言う考え方です。
 しかし、
命に価値があるかどうかは僕達が断言することができることなのでしょうか

 人は、生きる上で知性を発揮し、ものごとに価値づけをしながら環境を生きていく動物です。文明が発達してくる以前は、遭遇するものごとが自分達にとって危険か安全か、有用か無用かといった単純なことを主に考えていたのでしょうが、文明や価値観が発達してくると、ものごとに対してより思索を深めていき、
存在そのものの意味を考え、自分達の価値観によってものごとへの価値づけをするようになりました。
 自分たちの存在や世界のあり方を考えるようになると、それは哲学と呼ばれます。そして、自分達が考えた価値づけを持って、このものはこうであるとか、あれはああであるとかと論じ始めました。

 
価値観は人間独自のものです。人間同士でしか通じない、人間の知性が創り出した概念です。そして、命に価値があるかどうかを論じるということは、命に対して人間がどういう価値づけをするかを論じていると言うことです。
 
時代や地域によってものごとへの価値づけは変わります。人間は人間の命に対しても、それ以外の命に対しても、価値があるといったり価値がないといったりします。

 例えば平和な時代では人を殺すと殺人者と非難されますが、戦争状態で敵国の兵士を多数殺した人間は英雄として称えられます。その理由は、自分達の社会に属する人の命は価値のあるものですが、自分達に敵対する社会の人の命は価値の低いものとして見なされるからです。

 また、人の命はより価値の高いものとして捉えられますが、人間以外の命は価値の低いものとして扱われます。
 大人は子供に対して「全ての命は平等だ」などといいながら、他の動物の肉を食べるときには「それとこれとは話が別だ」などと言います。
 例え、「私は肉食をしない」と言っているベジタリアンの人でも他の生命を犠牲にしていることには変わりはありません。「植物は動物と違い痛みを感じないからいいのだ」などと言ったところで、動物は食べない方が良いもので、植物は食べても良いものだとしている時点で、
人間の価値観によって命に価値づけをしていることに変わりはありません。

 人間が他の命に価値づけをする動物であるのは種としての宿命ですが、かといって、その人間がつけた価値づけが正しいと考えることは誤りです。

 生命が地球上に誕生したのは約38億年前頃のことです。そして、長い生命の歩みを経て、今の人類である新人が地球上に誕生したのが約15万年前とされています。
 人類が誕生するよりもはるか以前から命の歩みは続いてきました。そして、今後人間が地球上からいなくなったとしても、生命の歴史は続いていきます。
生命の存在は人間がどう感じようが、どう考えようが、その価値観とは全然別個に存在するものです。命が価値あるかどうかを断定しようとすることは、価値あるものだと言ったとしても、ないものだと言ったとしても、自分達の価値観が命という存在に対しても適用できると考えるということにおいて根っこは同じです。

 人間の価値観にとって可能なのは、
人間が遭遇したものごとに対してどう認識し、どう行動していくかということにおいてです。人間が価値観として心に築くものは真理ではなく、いわば人としての心のあり方の問題です。
 
人間の枠組みを超えたものごとに対して価値づけをすることができ、かつ人間のつけたその価値づけが正しいと考えることには誤りがあります

 では、どう考えていくのがより好ましいのでしょうか。

 ヒューマニズムの原理は、価値あるものは大切にしないといけないと言うことです。エコロジーの原理も、地球はそれ自体が価値あるものだから大切にしないといけないと言うものです。
 それらは、
自分達の枠を超えたものに自分達の価値観を適用しようとしている点で、大きな誤りがあります。

 
価値があるかどうかは人間に断定できるようなものではありません人間の価値観と関係なく存在するものであるからです。
 より好ましい考え方は、
命に対しての絶対的な価値づけを必要とせずに、命を大切に感じることができるような考え方であると思います。
 それがヒューマニズムの次の段階の思考方法になってくると思います。


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