「命には価値がある」の言葉の根拠


 あなたはこの世界において人が存在する全てのものの中で唯一尊く、価値のあるものだと思っているでしょうか?
 もし、答えがノーであれば困ったことがひとつあります。
 人に絶対的な価値があることを否定すると、愛する自分の子供に対して「キミの存在には価値がある」と確信を持って言うための根拠を無くしてしまうのです。

 以前触れているとおり、近代ヒューマニズムでは人間自体に価値があることが前提になっています。
 絶対的な存在を基礎に持っていたときにはそれを根拠にすることができました。しかし、
ヒューマニズムが一人歩きをし出し、絶対的な存在の後ろ盾を失った時点で、人間は自分の存在の尊さの根拠をも失ったのです。

 自分の子供に「キミは価値ある存在だよ」と心から言えないのは大変な事態です。
生を尊重する根拠が無くなることは生を軽んじることにつながるのは、最近の世相が示すとおりです。
 大人はそれに驚き、「命の尊さを子供に教える」といって子供に「いいか、人の命は尊いんだ」と繰り返します。
 根拠のない言葉は空虚にしか聞こえません。
言っている本人にも言葉の根拠が分かっていないのに、子供にそれを理解しろと言っても理解できるわけがありません
 根拠無く言葉を繰り返すことは、生に対するむなしさを募らせるだけです。

 一番切実な問題は、我が子に命の価値をどう教えていくかと言うことです。とりあえず、我が子に対してどう説明するか、その視点から考えてみます。

 一番楽なのは「人間は特別な方に特別だと言ってもらった。だからキミも特別で価値があるんだよ」と言うことです。神様を信じていないなら、それは根拠のない言葉です。人が特別ではないと言う考えからも逸脱します。
 ここでは考察の対象外とします。

 「人間自体に価値がある」と主張することは悪いとは言えませんが、何か無理を感じます。人間が特別であるという主張の根拠はありません。
 38億年の歴史を持つ生命だから特別だと言ったとしても、
それだけの歴史を持つと言うこととそれをもって価値があるということはまた別です。
 知性を持つのは人間だけだから人間は特別だとも言い切れません。知性は生命としての人間の持つ特徴のひとつであり、特にほ乳類・鳥類では程度・方向性の違いがあるだけでみな知性を持ちます。

 結局、
絶対的な真理として人間に価値があるということは言えません価値のあるなしは人間の持つ価値観によって後からつけられたものであり、人間は自分たちに価値があることを知っているのではなく、価値があると思いたがっているといった方が正確かと思います。
 人間が特別であることの根拠とされているもののほとんどは、最初に結論がありそれを正当化するためにあれこれ理論を並べたものです。

 
自分の願望を絶対的真理としてしまい批判を許せなくするということは昔から良く行われてきた方法です。ただ、それが正しいとは限りません。
 
主観に過ぎないものを真理と見なす行為は誤謬を生み出す行為です。
 主観は主観のまま置いておけばいいのだと思います。

 したがって、自分の子供に「キミには価値がある」と言おうとすることは自分の子供には生きて欲しいと願っていることの裏返しなのです。
 その言葉自体は確たる根拠がないものですが、その
出所は親としての愛情です。ならば願望を価値観に転化させ子供に与えるのではなく、願望は願望として、感情は感情として子供に与えればいいのだと思います。

 「ボクはキミを何よりいとおしいと思ってる。キミはボクにとってかけがいのない存在なんだ」
 「キミには自分の生をかけがいのないものだと感じてもらい、自分を大切にし、意義のある人生を精一杯生き抜いて欲しい」

 という気持ちを伝えると言うことだと思います。
 
子供を愛するのは価値がある存在だからではありません。いとおしいと思うからこそ愛するのです。
 子供がまず感じたいのも
「自分は愛されている」という確信なのだと思います。そこから自分を大切に思う気持ち、他人を大切に思う気持ちが育まれていくようになるのだと思います。
 親が子供を愛しているという気持ちを伝えずに、命の尊さを教えようとしても無理があります。
 愛は持つものでも持たされるものでもなく、心の奥から自然にわき上がる相手をいとおしいと思う気持ちです。

 「命には価値がある」というよりは、「命に価値を感じる」ということです。
 
感じることに根拠はいりません
 「なぜ人の命は大切か」という問いに対しては、「
命を大切と感じる心があるからだよ」と言うことができます。
 社会は人の想いを形にするところです。
僕達が命を大切にするのは自分や自分の愛する人の命を大切にしたいと思っているからです。

 別の言葉で理論の裏付けをしようとするよりも、その想いを想いとして大切にしあい、形にしあえる社会になっていくと良いのではないでしょうか。


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