犬の麻酔について(BMPOIプロトコル)
麻酔のプロトコルは、たくさんの種類があります。
当院では、その中でも、
最も安全性が高いと思われる組み合わせのプロトコルを用いて
手術を行っています。
左の写真は、犬の麻酔のときに用いる標準的な薬剤です。
麻酔の導入に中心となる薬剤の組み合わせから、僕の病院では
BMPOI麻酔
と呼んでいます。BMPOIのそれぞれの薬剤名は、
B
=
ブトルファノール
M
=
ミダゾラム
P
=
プロポフォール
O
=
酸素
I
=
イソフルレン
です。
ブトルファノール
は
軽い鎮静効果を持ったマイルドな鎮痛剤
、
ミダゾラム
は
鎮静剤
、
プロポフォール
は、
超短時間作用型の麻酔剤
です。
イソフルレン
は、
吸入ガスの麻酔剤
で、酸素の中に気化させて動物に吸入させ、麻酔の維持を行います。
プロポフォールの効果は15分間くらいで切れますので、手術中の麻酔の維持は、イソフルレンで行います。
上の写真の注射は、麻酔の導入時に用いる注射です。
手術の時には、預かる時点で留置針を入れます。
そして、手術の時間になり、手術室に連れて来たら、まず鎮静剤を二種類と抗生剤を注射します。
その注射が、
ブトルファノール
と
ミダゾラム
、
セファゾリン
です(
マイシリン
を用いることもあります)。
セファゾリンは静脈注射用の抗生剤ですが、ブトルファノールとミダゾラムに続けてうつ事により、留置針の中に残っている鎮静剤を体の中に送り込みます。
鎮静剤を二種類注射すれば、これだけである程度ふらふらして来ます。
1~2分くらいして鎮静剤が効いて来たら、いよいよ麻酔導入剤の
プロポフォール
の注射です。
鎮静剤と抗生剤は、「
ボラス注射
」と言って、急速に注入するのですが、プロポフォールはゆっくりゆっくり注射して行かなければいけません。
バルビツール系の麻酔剤と違い、プロポフォールには
導入過程で動物が興奮する作用はありません
ので、ゆっくり入れて行くと、入れるに伴って麻酔が徐々に効いて来ます。
プロポフォールは、用意していた
全量を入れる必要はありません
。
まぶたをちょんちょんと触りながら、眼瞼反射を確認し、反応が無くなって来たら、そこで注入をストップし、
気管チューブを入れる
手技にうつります。
プロポフォールは
非常に切れのいい
薬であり、
入れた直後に気管チューブを入れられる
状態になります。
ケタミンやバルビツール系よりも、
導入はスムーズ
です。
気管チューブを入れたら、心電図を付けたりしている間に
アトロピン
を筋肉注射し、
メロキシカム
を皮下注射します。
アトロピンは
心拍数低下を防止
する薬で、術前に皮下注射しておいても良いのですが、僕的には、麻酔を導入してから筋肉注射すれば、それでも十分な感じです。
バルビツール系と違い、
プロポフォールの注射速度をゆっくりに心がければ、心拍数の低下もそれほど起こりません
。
メロキシカム
は
鎮痛剤
で、注射した後24時間効いていてくれる便利な薬です。
この薬は、効いて来るまで時間がかかりますので、できれば留置針を入れた時点で、麻酔前に前もって皮下注射しておく方がベストです。
この麻酔プロトコルでは、鎮痛薬は、ブトルファノールとメロキシカムの2種類を使用します。僕の病院では、
鎮痛薬なしで手術を行うということはありません
。
術後も、犬の場合は
痛み止めの内服薬を数日分
お出しするようにしています。
プロポフォールで麻酔を導入し、気管チューブを入れた後は、
酸素
と
イソフルレン
で麻酔を維持しながら手術を行います。
犬の手術の時は、血管も確保してありますので、去勢も避妊も、必ず
点滴を併用しながら
手術を行うようにしています。
麻酔の時は低血圧になったり、腎臓の還流が低下して腎臓に負担がかかったりすることがありますので、
循環を良くするために、輸液を行うというのはとても大切
なことだと思っています。
今の所、僕にとっては、BMPOI麻酔が一番使いやすいプロトコールです。
導入も覚醒もとてもスムーズで、不整脈も起こりにくく、状態が悪い状態の子でも、比較的安全に使えます
。
欠点は、
鎮静の効果がやや弱い
事と、
前もって留置処置が必要
な事です。プロポフォールやイソフルレンなど、高価な薬も使いますので、
コストもそれなりにかかる
麻酔方法でもあります。
暴れる場合は、アセプロマジンなどの鎮静効果の高い薬を先にうっておいてから、とろとろになって来た所を留置処置しますが、
安全性はBMPOIの方が格段に高い
ですので、なるべくなら、留置を先にさっとすましておいて、BMPOIでスムーズに麻酔に持って行きたい所です。
麻酔前に動物が興奮するということは、麻酔のリスクが上がる
ということですので、興奮させたり怖がらせたりしないよう心がけています。
麻酔において、一番大切なことは、「
安全にかけて、安全に覚ます
」ということです。
一般的な避妊・去勢手術の死亡率は、統計的には千頭に一頭と言われていますが、当院では、そのリスクを、
万にひとつ以下に減らす
ために、
全ての麻酔、手術において、モニタを装着し、しっかりと管理を行う
ように心がけています。
幸い、当院では、
開業以来、術中〜術後に、麻酔が原因で亡くなった、ということは一度もありません
。
麻酔のリスクを減らすためには、患者の状態の見極めと、安全な麻酔の正しい使用、そして、注意深い麻酔状態の管理にかかっています。
細かいことに気をつけながら、慎重にひとつひとつの手技をしっかりして行くことが、安全への一番の近道
だと思っていますので、細心の注意を持って、安全な麻酔を心がけて行きたいと考えています。